真吾シアター

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声優 永井一郎さんの思い出
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    JUGEMテーマ:芸能
    永井一郎さんが亡くなった。それは、あまりにも突然の知らせだった。先日1月9日、明治記念館での青二プロダクション新年会でご一緒したばかり。「永井さん、忙しすぎるんじゃないですか?」「いや〜、そんなことはないよ」笑いながら、そんな冗談を言いあっていたのに・・・。

    青二プロダクションは、大黒柱を失った。永井さんは事務所の良心とも言える人だった。
    いつもにこやかな、心の広い、懐の深い人だった。事務所の誰もが、永井さんに励まされ勇気づけられたことがあるに違いない。
    事務所の将来を憂い、声優業界全体のことを、いつも考えている人だった。

    私が、以前「ダンス部」なるものをつくって、しばらく一緒に社交ダンスを楽しんだことがあった。お酒も好きな陽気な人だった。あるとき、円卓で12人で飲んでいたときのこと。永井さんが突然、「なんだ、みんなだらしないな。ここにいる全員子供がいないのか?」と言われた。私のことはまだ、お付き合いが短く、あまりご存じなかったのだ。照れながら手を挙げて、「あの〜、ぼく、3人います・・」「ええ〜?!3人もいるのか?!」と言って、呵呵大笑された永井さんの笑い声とお顔が忘れられない。

    当時、でたらめばかりやって落ちこむこともあったが、その失敗を、「エネルギーがある」と言って、ニコニコとほめてくださったことがあった。失敗をすると、皆が責める。だが、永井さんは別だった。
    一度、下北沢の新築のお宅にお邪魔させていただいたことがある。地下の稽古場で朗読劇の稽古をやらせていただいた時だ。

    終了後、「上においで」と言われ、各部屋をご案内いただいた、うれしそうな永井さんの横顔を忘れない。「よし、おれもいつか・・」と決意したものだ。ご夫婦の真心に包まれ、なんとも気持ちの良い時間だった。
    昨年末、事務所で、「また、遊びにうかがってもいいですか?」「ああ、おいで、おいで」。そんな会話をしたが、かなわなかった。
    声優の大黒柱が亡くなってしまった。

    「死ぬまで、波平をやっていたい。」そう言われていた。そして、その通りになった。「死ぬまで仕事をやっていたい。」それは、役者や声優の夢だ。亡くなられたその日まで仕事をやり、サザエさんの2月7日放送分まで、きっちり撮り終えられていたのだ。
    まさに、我々に、模範的な声優の生きざまを示してくださったような気がする。

    生涯、永井一郎さんを忘れない。深く深く感謝をこめて。合掌。
    | 堀井 真吾 | 日常 | 22:08 | comments(2) | trackbacks(0) |
    波平さんの永井一朗さんとつい先日まで談笑していたとは凄いことだなあ・・。今回の訃報でこの方がいかに色々な活躍をしていたかをあらためて知ったよ。貴殿もこのレベルの声優になれるよう期待しておるよ。
    | RW | 2014/01/29 7:18 AM |
    RW様

    永井さんは、83歳だった。
    ほぼ、親父の年齢だな。80をこえて、第一線でやっていたいものだ。
    RWを見習って、運動もやって鍛えていかねばのお。
    | shingo | 2014/01/29 11:38 PM |









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